高血圧の治療を始めてしばらくしたら体調が不調になってしまった。薬のためかと疑い中止したら不調は消えた。薬の副作用か自分には合わないと考え以後は飲むのを止めた。
この様な患者は稀ではないようです。体調不良の原因は幾つか想像できます。薬本来の効果を怖い副作用と誤解したこと、降圧薬として効き過ぎだったこと、「見せかけの高血圧」であって薬が不要であったこと等です。
不幸を避けるには、自分の高い血圧が「見せかけ」かどうかある程度予想すること、一方的に診察を中止せず体調不良になった事情を医師と相談する機会を持つことです。
薬で体調不良となり薬不信に
ある病院で高血圧の治療を始めてしばらくしたら調子が悪くなりました。
なんだか一日元気がなくなり、頭もボーとして、時々立ち上がった時に一瞬フラーと気持ち悪くなります。
薬が合わないのかと思い飲むのを止めたら治りました。試しにもう一度飲んでみるとやはり同じようになって間違いなく薬が合わないのだと思います。
薬が合わないと思い主治医に話したところ、「その薬は強くないからそれほど血圧が下がる事はないだろう」との返事でした。納得できないのでそれ以後は血圧の治療はしていません。
しかしやはり高血圧が不安です。測ると前と同じように高いのでこのまま治療しなくていいものか心配になって別の病院で相談する事にしました。
こんな患者が私のクリニックを訪れました。高血圧の薬を飲んで体調が悪くなったため、薬の副作用と考え降圧薬を飲むのに恐怖心を抱くようになりました。薬だけでなく医療にまで不信感を抱くようになったようです。
こんなケースは稀ではないようです。患者の誤解や医師の説明不足などが引き起こした不幸なケースです。
起こるのは幾つかの背景があります。今日はその背景のうち主な三つをお話しします。
1)薬の正常な効果を怖い副作用と誤解
薬の正当な効果を怖い副作用と誤解してしまう例です。最も多いケースでしょう。
降圧薬の作用からみて当然起こりうる症状であり、何も心配は無いのですが、少し不快な症状なので予想もしなかった患者が重大な副作用と誤解してしまうケースです。
医師に相談せず自分の判断で薬を止めて薬は怖いと思い込んでしまいます。典型的な例は、高血圧治療で良く使われる血管拡張薬(カルシウム拮抗薬)の場合です。
この薬は全身の血管を強力に拡げて血圧を下げるため、初めて飲み始めた時には、全身の血行が急に良くなり体がほてってぽかぽかしたり熱くなったり顔が赤くなる事がよく見られます。
入浴した時やアルコールを飲んだ時と同じで体の正常な反応です。同時に頭が痛くなる事もよくあります。これらは薬が効いている証拠で何も問題なくしばらく飲み続ければ体が薬に慣れて不快な反応はおこらなくなるものです。
しかし薬を飲む度に起こるこんな症状に直面した患者は非常に不安になるのでしょう。医師に相談できず一人で悩み考えた結果、薬の副作用と自己判断して内服治療を止めてしまいます。
そして血圧治療に強い不信感や抵抗感を持ち、高い血圧を無治療のままにしてしまいます。
薬内服を開始する際に、事前に医師がそんな症状を説明しなかった事、患者が率直にそれを相談できない医師患者の関係であった事、この二つが引き起こした問題です。
2)予想以上に薬の効果が強かった
高血圧の薬は種類が豊富です。強さも様々です。
同じ薬でも患者毎に効き方は個人差があり、ある人ではあまり効果がなくても、別の人にはよく効くこと等は普通です。
診察で最初に処方した薬がズバリと目標血圧まで下がってくれればいいのですが、そんな簡単にはいきません。
医師は処方した薬で血圧が過大に低下するのを避けるために最初は弱めの薬で始めるのが普通でしょう。
最初の診察で出した薬が効きすぎで血圧が大きく下がって低血圧にまでなることはあまりないのですが、時には患者と薬の相性で非常に効く場合もあり、その時は医師の予想以上に血圧は下がります。
最初の薬で低血圧になっていたのかも知れませんが、患者がその事情を話してくれれば対応してより適切な薬に変えるでしょう。
一回目の処方で不快な症状が起こってもそれで治療を中断するようなことはしないで下さい。その人に最適な薬まで到達するには試行錯誤の時間が少しかかるものです。
3)「見せかけ」の高血圧に薬を処方
より深刻なケースです。
「見せかけの高血圧」についてはこれまでも何度もシリーズでお話しました。
ある特別な条件の時だけ血圧が高く出てしまう高血圧のことで、それ以外の時には血圧はほぼ正常かそれに近い値を示します。
自分で測っても他人が測っても、とにかく血圧を測ると測定行為そのもので緊張を強いられ瞬間に血圧が高くなってしまうタイプなのです。
過去の何かの情報や経験で、高血圧という病気に強い不安感を抱いてしまった人に起こりやすい現象です。
この患者が医療機関を受診し、当然のように高い血圧が出たので医師から薬の治療を開始されました。
その患者が薬を真面目に飲めば、薬の強さによって下がる程度は違いますが、きっと血圧は正常以下に下がるでしょう。本来はほぼ正常血圧の人ですから、降圧薬内服のため低血圧になってしまうのです。
低血圧になれば、冒頭の具体例で話したように様々な低血圧症状がでて体調が悪くなってしまいます。
薬の副作用でも薬が強すぎたわけでもありません。理由は、「見せかけの高血圧」で普通は高くないのに降圧薬を開始したのが問題でした。
「見せかけの高血圧」に投薬してしまう理由
薬を始めて不快な症状が出た場合、患者がどのように考えどう行動するか重要なポイントです。しかし現実には少ないでしょうが、冒頭のような不幸が起きることもあり得るのです。
この問題を完全に避けるのはかなり難しいと私は思います。
医師の側からは、初めて診察した患者で血圧が十分に高い場合、それが「見せかけの高血圧」と認識するのは現実の診療では難しいのです。
患者の側からは、薬を始めてから不快な症状が出れば再度受診して医師に状況を相談するのが最善です。話を聞けば医師も「見せかけの高血圧」である可能性を考慮するのですが、患者が薬での体調不良で医療不信に陥り医療機関に行かなくなれば、この問題は隠れてしまい解決されなくなります。
医師は外来で多くの患者を診療し多忙です。待っている多くの患者の診察を次々にこなさなければなりません。極端な場合は一人の診察に5分くらいしかかけられない場合もあります。その中で、初めての高血圧患者が「見せかけ」の高血圧か「本物」の高血圧かを数分で判断するのは困難です。
見分けるためにはいろいろな角度から患者の話を十分に丁寧に聞かなければならないのです。多くの患者を早く処理しようと急ぐと、そんな視点で話を聞き診察するのを忘れがちです。
私もこの様な医師側の背景を十分理解します。患者をゆっくり時間をかけて診察出来ればこの問題の発生は少なくなるだろうと思います。
仕方がないわけではありませんが、現在の医療システムではこの問題はある程度避けられないだろうと悲観的に思っています。
薬で低血圧出現を避けるために
患者はどうやってこの問題を避けられるでしょうか。高血圧が「見せかけ」か「本物」かをある程度、自分自身で予測することです。
高い血圧が「見せかけ」かどうかを判断する方法は以下のコラムで前にお話ししました。お読み下さい。
また薬を始めてから体調不良になった場合は、思い込みで医療機関に行くのをやめずに、もう一度医師の診察を受けて事情をよく話し合うことです。
医療機関に行かずそのまま放置すれば問題は何も解決しません。体調不良が起こった本当の理由を医師と相談しながらよく検証して下さい。
そんな対応を心がければ、冒頭のような不幸な事態は避けることが出来るだろうと思います。
★参考情報:正常血圧
当院の降圧目標値
当院での目標血圧は以前の日本の学会の正常血圧を指標にしました。
●診察室 130/80mmHg 以下
●家庭血圧 125/75mmHg 以下
長い間この値を目標にして、降圧薬を増減してきました。
米国心臓病学会(ACC)・米国心臓協会(AHA)
2017年11月の米国心臓病学会(ACC)・米国心臓協会(AHA)の高血圧ガイドラインでは、以下の様に基準がかなり厳しく改定されました。
●正常血圧 120/80mmHg 以下
●高血圧 130/80mmHg 以上
そして・・・
高血圧の五作
血圧は高度に自動制御されている:
◆248 高血圧 測る度に違う。どの血圧が本当か?
高血圧にはハッキリと症状がある:
◆239 高血圧 三大症状
急に血圧が上がる理由は?:
◆080 安定していた血圧が急に上がった その原因は?
薬で下がり過ぎることもある:
◆254 高血圧 薬で下り過ぎると危険ですか?
薬でも下がらない訳は?:
◆064 薬を飲んでも、血圧が下りません
高血圧でも、長生きするなら・・:
◆258 高血圧 それでも、長生きできますか?