「見せかけ」の高血圧は意外に多く、日常の診療ではこの現象をいつも意識しなければなりません。もし「見せかけ」の高血圧に対して降圧薬で治療を始めれば、低血圧となり患者は低血圧の症状に悩まされます。立ちくらみ、めまい、体がだるい、元気がなくなる等です。
最悪の場合、患者は薬を飲むのを止め病院にも行かなくなります。医療に不信感を持ち高血圧治療そのものに否定的になるでしょう。
そんな不幸を避けるには、医師の注意深い観察と家庭血圧を継続して測るなど「見せかけ」の高血圧か否かを事前に確認するのがよいと思います。
*参考情報 降圧の目標値:正常血圧
画像:不思議の国のアリス
「見せかけ」に降圧薬
「見せかけ」が、降圧薬を飲むと低血圧に
見せかけの高血圧の様々な例をこれまでお話ししてきました。この高血圧はある条件の時だけ高い値なりますが、その条件でないならほぼ正常な値となっている高血圧の例でした。
「見せかけ」の患者さんは意外に少なくなく、私達の日常の臨床の場ではこの条件をいつも考慮していなければ間違った治療になってしまいます。医師は測定で表れた血圧の値を単純に信じることはありません。特に高い血圧の時ほど注意が必要です。
もし「見せかけ」に対して降圧薬で治療を始めた場合はどうなるでしょうか。高い血圧でうっかり降圧薬を開始した場合です。
この場合には血圧が下がりすぎる可能性があります。患者の普段の血圧は120/80mmHgであったとします。診察時に緊張して血圧が160/90mmHg程度に上がっていました。よくある典型的な白衣高血圧ですが、それを本物の高血圧と見なして薬の治療を開始した場合です。処方した薬にもよりますが、恐らく患者さんは軽い低血圧の症状になるでしょう。
経過から「見せかけ」を予想
立ち上がった時に一瞬のフラフラ感やめまい感。朝の薬を飲んでからしばらくすると体調が悪くなり、元気がなく頭がボーッとしているような状態が午前中続きます。午後には回復しているでしょう。
降圧薬を飲み始めてから出現した症状であれば、薬のため少し低血圧になっているのだろうと推測します。処方してから初の診察で患者さんがそう話すなら、それは「見せかけ」の高血圧だったか、「本物」の高血圧だが薬の効果が予想以上で強すぎたためだろうと推測します。
患者の話をもう一度詳しく聞き、「見せかけ」が疑われれば薬は中止し、隠れている本来の血圧値を調べる必要があります。以後は患者に家庭血圧を毎日キチンと測定してもらうために血圧記録手帳を渡して継続的な記録をお願いします。
1~2週間毎日家庭血圧を測定すれば「見せかけ」か「本物」かがおおよそ区別できるでしょう。家庭血圧の測り方を説明してその日から家庭血圧の記録を取るようにしてもらいます。
◆高血圧の治療開始? 誰でもわかる、こんな血圧なら病院へ
もし薬を止めると午前中の体調不良が消えてしまうなら薬による低血圧症状であったと予測します。家庭血圧の記録ノートを持参した患者と話して、「見せかけ」だったか薬が強すぎたかを判断します。
薬で低血圧、を防ぐには?
薬を飲んで低血圧になる事例
「見せかけ」に気づかないで治療した時は上の様な症状になるでしょう。しかし実際の診療では、状況がこれほど単純ではありません。降圧薬の開始で血圧が下がりすぎるのは「見せかけ」以外にも多くの理由があります。
その他の理由とは、薬の効果が予想以上に強すぎた場合、患者と薬の組み合わせ(薬の相性)が悪かった場合、季節的に気温が高くなって血圧が下がりすぎた場合、たまたまその時期に問題が解決してストレスが消失した場合、多忙な仕事が終わった場合等が想像されます。
実際はその低血圧の原因を突き止めるのに苦労することがあります。私も「見せかけ」に気づかず薬を開始してしまい、低血圧症状になった患者を経験しています。
この様に「見せかけ」の高血圧は医師がいつも想定して患者に接しないと、つい見逃してしまう日常的によくある現象です。
薬でひどい低血圧となった
薬を飲み始めてから体調が悪くなったことに患者が気づき、自己判断で薬を中断し医療機関への通院も止めてしまった場合、患者は高血圧の薬は副作用が強くて飲めないと決め込んでしまうかも知れません。この心の傷で将来の本物の高血圧治療も拒絶するかも知れません。
一方、医師は患者がなぜ来なくなったか分かりませんので、患者の高血圧が「見せかけ」であって本当は薬は不要だったと知るチャンスがなくなります。学習が出来ず真実も見えません。これは患者にとっても医師にとっても非常に不幸なことです。
こんな例はたくさんあるのではないかと想像します。私の場合は体調が悪くなっても患者は薬を止めず診察に来てくれたので状況を理解することができました。
よく「血圧の薬は飲むとかえって体調が悪くなる」、「薬を飲んで血圧を下げない方が体調がいい」、「血圧の薬を飲むと死んでしまう」などと書かれたネット記事を読むことがあります。
それはこの様な不運な体験をした患者が抱いた印象だったのではないかと想像します。下のコラムはそんなケースを別の角度から取り上げたお話です。
◆見せかけの高血圧4:薬を飲まずに○○○で高血圧がなおった。本当ですか?
薬で低血圧。防ぐために薬を自己調整
当院では高血圧治療の管理目標は125/75mmHgと低いですから、低血圧症状になるリスクはかなり高いと思います。
125/75mmHg以下でよくコントロールされていれば、暑い日になれば上が100mmHg程度以下になるような状況も表れます。そんな時は降圧薬の減量で血圧を少し上げてやりますが、こまめな降圧薬の微調整が必要です。
当院では血圧の変動による降圧薬の微調整は毎日家庭血圧を測る患者にある程度お任せしています。患者もよく理解してくれて少し低くなっても驚かず、自宅で降圧薬を半分にしたりで適切に対応しています。
薬変更の大原則は伝えますが、家庭血圧を測っている患者の判断で降圧薬を調整するため、降圧薬が過剰の低血圧で大きな問題になったことはありませんでした。
当院のような低い目標血圧の設定では、低血圧症状の発現が高まるリスクは下のコラムで解説しました。その低血圧を防ぐには、患者の継続的な家庭血圧測定と自主的な薬の微調整が必要です。
◆高血圧 薬で下り過ぎると危険ですか?
まとめ
高い血圧が「見せかけ」であることは日常的でよくあることです。たとえばの一例ですが、「見せかけ」の高血圧180/90mmHgに対して強い降圧薬を始めれば低血圧の症状が出て体調がかえって悪くなります。最悪の場合には、患者は医療全体に不信感を抱き以後は高血圧の治療ができない不幸となってしまうかも知れません。
不幸を避けるために、高い血圧が本物かどうか判断してから治療を始める方がよいと思いますが、もし迷ったら薬の開始前に1~2週間、家庭血圧を毎日測定して「見せかけ」かどうかを判断するのがよいと思います。
降圧の目標値:正常血圧
*参考情報*
当院の降圧目標値
当院での目標血圧は以前の日本の学会の正常血圧を指標にしました。
●診察室 130/80mmHg 以下
●家庭血圧 125/75mmHg 以下
長い間この値を目標にして、降圧薬を増減してきました。