以下の本文は、下記の月刊誌に掲載されたものの全文です。
先端医学社、月刊誌「血圧」2012年8月号掲載 連載「町のお医者さん」
引用開始
当院は今年で開院16年を迎えました。市内中央部近くの閑静な住宅地にある無床のクリニックです。循環器内科の私と消化器内科の妻、専門医2人の体制で診療を行っております。循環器と消化器、お互いの専門領域に専念しつつも、補完しあいながら地域医療をして参りました。クリニックのすぐ近くに市民文化センターがあり催し物があれば多くの人と車で正面の坂道はとても賑やかになります。坂道の美しいけやき並木は院名の由来であり近隣の名物ですが、坂道を歩いて通院してくださる方々には誠に申し訳なく思います。
降圧の治療方針
高血圧の治療において、当院では多剤併用により原則として正常血圧までの降圧を行います。私は大学で心不全の研究を行っていた経験から、厳格な降圧が臓器保護に肝要と考えておりました。そのためには作用機序の異なる降圧薬の多剤併用をためらいません。当院では高齢者に対しても2剤,3剤の併用は普通に行っております。
脳心血管イベントの新規発症率
当院では脳血管イベントの新規発症は年間2,3人程度です(表1)。その多くはTIAか軽症脳卒中で、短期入院後は当院外来に戻ってこられます。重い後遺症を残す症例はごく少数といった印象です。最近5年間で狭心症の新規発症は2例、狭心症の悪化が1例、心筋梗塞の新規発症は1例程度でした。また平成21年度の鹿沼市介護保険認定者出現率は15.0%です。当院通院患者の同年の出現率は4.9%であり、市平均の1/3以下でした。申請理由は老衰、認知症、整形外科的な運動機能障害(腰痛や膝関節痛)が多数であり、脳血管障害後遺症や心不全は少数でした。
表1:当院慢性疾患患者の心脳血管障害新規発症率 |
|
・脳血管障害の新規発症率 | 2~3人/年* |
心房細動(発作性を含む)84例を含む1004例が対象 | |
・虚血性心疾患の新規発症率 | 0.6~0.8人/年* |
注:*当院の慢性疾患患者1,000人当たりの年間新規発症数 |
当院慢性疾患患者の基礎データ
臨床統計をまとめるためにデータを取っておくなどは開業当時考えてもいませんでした。日々の診療に追われ、あっという間に時間が過ぎました。少し余裕が出た数年前、ふと当院の脳心血管イベント発症率はかなり低いのではないかという漠然とした印象を持ちました。一昨年春(開院14周年)に思い切って当院通院中の全慢性疾患患者の基礎データを集計し解析してみました(表2)。
外来患者の年齢は65.8歳を平均として30歳代から90歳代後半まで分布しています。女性が少し多いようです。当院への通院期間は平均で7.2年間です。全患者の外来血圧の平均値は正常血圧でした。高脂血症、糖尿病、肥満、喫煙、高尿酸、飲酒などの動脈硬化危険因子に関してもかなり厳しく指導し治療してきました。その結果、BMI、食後血糖、HbA1c、LDL/HDL等もかなり低値にコントロールされているのではないかと思います。
表2:当院慢性疾患患者の基礎データ(平成22年5月調査) |
|
慢性疾患 症例数 | 1,004 人 |
高血圧 (薬剤治療中) | 756 人 |
糖尿病 (薬剤治療中) | 144 人 |
心房細動 (発作性を含む) | 84 人 |
女性の割合 | 55% |
通院期間 | 7.2 年間 |
年齢 | 65.8 歳 |
BMI | 23.9 |
血圧 | 124/73 mmHg |
食後血糖値 (食後1~4時間) | 113 mg/dl |
HbA1c (JDS) | 5.30% |
LDL-C | 100 mg/dl |
HDL-C | 61 mg/dl |
LDL/HDL | 1.65 |
TG | 130 mg/dl |
クレアチニン | 0.76 mg/dl |
注:「通院期間」以下のデータは全症例の平均値 |
健康寿命の伸長には患者指導の工夫も一因
当院で健康寿命が少なからず伸長できたのは患者さんの高い達成動機と継続的努力が最大の理由だったと思います。しかし患者指導の工夫もその理由の一つではないかと思います。ビジネスで用いられるPlan-Do-Seeの目的達成手法の採用です。当院では開院当初からこの手法を診療に積極的に取り入れました。
たとえば治療で何かの介入をする時(生活スタイルを変更、薬剤を変更する等)、その介入前後の変化を必ず客観データで明示します。標準的な採血検査なら評価は1~2ヵ月後が適当です。長いと意欲が薄れます。悪い結果でも理由が分かれば優れた反省材料になります。患者さんと協力して結果を分析評価し、次の目標と行動計画を提案することが大切です。これを1~2ヵ月毎に繰り返しながら最終目標に近づきました。
結語
高血圧に代表される動脈硬化の危険因子を患者さんご本人と協力して徹底的に抑え込む。それが開院以来の当院の標準治療です。その方針に応えてくれた患者さんの努力と16年間一貫してリスクファクターを厳格に管理し続けた結果、脳心血管イベントの減少という好結果をもたらしたのではないかと考えております。
竹田幸一
けやき坂クリニック (栃木県鹿沼市)