誰もいないはずの深夜の巨大なビル。
闇に紛れて突然微かに機械音が聞こえた気がした。
大きな正面ガラスに映り込む大木が、眠そうに眼を開けた。
「お前さん、まだ寝ないのかい」
光るエスカレーターはステップを動かしながら答えた。
「昼間に女の子が隙間にキャンディを落っことしたんだ。今夜じゅうに取っておかないと、藤野くんが明日困るんだ」
藤野くんは昇降機点検整備士で入社2年目、会うたびに綺麗に磨いてくれる仕事熱心な若者だ。
大木は頷く。
月と街灯に照らされて、風でサヤサヤと木の葉がいつまでも揺れていた
P. Angenieux Paris 50/1.5 S21, 1953 & Sony alpha7 RII
写真:竹田幸一、文:竹田彩子
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