疲れやすくなる病気はたくさんありますが心臓以外の病気がほとんどです。もし心臓が原因なら心不全の状態ですが、それなら脈が速くなるのが普通です。
今日は心不全でありながら脈が逆に遅くなる徐脈性の心不全についてお話します。
50歳台の女性患者を例にして、分かり難いこの病気を具体的に眺めてみます。病気全体のイメージが理解できると思います。
遅い脈の徐脈性心不全の注目症状は3つです。「動いた時に異常な疲れやすさ」「脈が非常に遅い」「意識を失う失神がある」です。こんな症状があったらすぐに病院を受診することをお勧めします。
次のコラムも参考になります。 ◆心臓病や低血圧でおきる「危険なめまい」とは?
心配な時は医師に相談ください。
◆心臓病 症状から自己診断は、リスクあり危険
具体例
徐脈の心不全
動いた時に疲れやすい病気はたくさんありますが、心臓が原因で疲れやすい病気の代表は心不全です。心不全の一般的な症状は「動いた時の疲れやすさ」と「心臓がドキドキする(脈が速い)」です。
今日のお話しは脈が逆に異常に遅くなっているタイプの心不全です。心不全では少ないタイプと思いますが時々ありますから忘れてはいけない病気です。
症例
心臓の動きがあまりに遅いために起こる心不全です。心臓の1分間の拍動数(心拍数=脈拍数とも言います)は普通なら50~80位ですが、この病気では40以下になることが多いのです。
代表的なのは洞不全症候群と完全房室ブロックという病気です。どちらの病気も心臓の電気系統が故障した病気です。患者はほとんどが70歳代以上の高齢者です。時に若い40歳台や50歳台の人もいます。
今日は50歳代女性の具体例をお話します。完全房室ブロックです。この病気になった理由は大学病院で詳しく調べても最終的に分かりませんでした。多くは高齢者で心臓の老化や劣化が原因なのでこの年代では少し珍しいタイプになります。
50歳代女性:健康で通院歴なし
50歳代の女性が初めて受診しました。その女性はこれまで病院を受診したことがなく、健診を数回ほど経験しただけでした。2年前の最後の健診では少し血圧が高いと指摘されましたが治療はしていません。
症状:異常な疲れやすさ
一ヶ月ほど前から疲れやすくなりました。静かにしていればそうでもないが動くと異常に疲れるのです。特にここ一週間は洗濯物を干すため二階まで階段を上る時でさえ息が切れ、途中で階段を休まなければならないほどひどくなりました。頭痛や胃のあたりの圧迫感も出てきました。
頭痛があったので近くの脳外科の病院を受診しました。そこでは血圧が150mmHg、脈拍が40回/分で脈が少し遅いといわれました。しかし頭のCT検査では何も異常が無いとの診断です。頭痛の原因は分からず頭部MRIを予約して治療なく帰宅しました。
頭に異常がないとの診断なので、家族から当院を勧められ私の診察を受けに来ました。
これまでの経過を本人から聴くと、以前は自宅での血圧が120/60mmHg程度でしたが、最近はその血圧が高くなったそうです。脈拍数は40回/分程度だったそうです。脳検査に異常がなかったので自分の頭痛や疲れやすさは高くなった血圧のためかと疑っている様子でした。本人は病状についてよく理解できず混乱しているようでした。
診察と診断
体格は少し太り気味、診察室での血圧は160mmHg、脈拍は38回/分です。血圧が高いのは初めての診察で緊張しているためと思われます。よくあることです。落ち着いてからの看護師による再測定では110mmHg台にまで下がりました。脈はかなり遅い値です。脈の不整が多発していれば軽症の不整脈でもこの様な脈拍数もありますが、綺麗なリズミカルな脈で一分間38回は相当遅いと判断します。
診察室で緊張して血圧がかなり高くなるほどなら脈拍数も速くなり80回/分以上あるのが普通です。緊張しているにもかかわらず脈拍数が反応していません。病気の経過、診察所見、症状を総合しますと、この段階で重い心臓病と予想されました。
胸のレントゲン写真では心臓が大きく拡大しています。心電図は完全房室ブロックと言われる病的所見です。心電図では軽い心筋梗塞のような異常所見も見られました。
この段階の私の予想は、1ヶ月ほど前に無症状に近い軽い心筋梗塞が起こり、それによって引き起こされた完全房室ブロックの可能性でした。でなければ、加齢による心筋の老化、心筋の炎症や変性疾患が疑われますが、この段階では確定できません。
動脈硬化の危険因子が少ないので、印象としては心筋梗塞や炎症か変性疾患の可能性も高いかなと推測しました。いずれにしても患者の現状は危険な徐脈性の心不全でした。
患者への説明
この段階で患者の異常な疲労感について私の判断を本人にお話しました。診察開始から1時間以内です。
「今の病状は心臓の動きが異常に遅いことに原因があります。直ちに大きな病院に入院して積極的な治療を受ける必要があります」
「同時にその遅くなった心臓の動きの原因が何かを詳しく調べなければいけません」
「とりあえず心電図と胸のレントゲン写真等の検査結果を持参して、大きな病院で心臓ペースメーカーを植え込むべきか否かを判断してもらわなければなりません。」
「心臓の拍動が遅すぎるために疲れやすくなったのですが、遅くなった原因は現状では分からない」
「何も治療せずこのまま放置すれば突然意識を失う可能性がある。失神すれば運転中なら大事故に、階段を上がっている時なら階段から落ちて大怪我をする、入浴中なら浴槽内に頭を沈めて溺れてしまうなど、大変なことになるかも知れない」
「治療は内服の薬では十分ではない。人工心臓ペースメーカーという機械を胸に植え込む方法がよい。その治療が出来るのはこの地域では大学病院だけだから、出来るだけ早く私の紹介状を持ってその病院に行くこと、多分直ちに入院となるがペースメーカーを植え込めば1~2週間で退院できて退院後は前の元気な日常生活に戻れる」
等をお話しました。
入院までの注意点
患者は私の話を聞きながら信じられないという表情です。突然の思いがけない心臓病の宣告を受け悲しい気持ちは充分に察します。
しかしなってしまった病気は仕方がないこと、治療法があること、その治療をすれば元の元気な日常生活に戻れること、戻ればまだまだ元気な人生が送れるから心配しなくても大丈夫と説明しました。
幸い手遅れではないから、急いで大きな病院で治療をしなさいと強く勧めて紹介状を渡しました。それでもまだ信じられないというような表情でした。
事情があって数日はどうしてもその病院に行けないと言いますので、
「ただいまから車の運転は絶対にしないこと、仕事は休むこと、自宅でも一人にはならず誰かが観察していること、家から外出しないで室内で静かな生活をすること、入浴しないでシャワーにすること、階段は上らないこと、そのようにして入院を待ちなさい」と注意しました。
「病院受診までの自宅待機中に、もし何か重大なことが起きたらこの紹介状を持って救急車で病院に駆けつけなさい」と念を押しました。
患者は数日後に大学病院を受診して、予想通り人工心臓ペースメーカーを植え込み、元気になって退院したそうです。家族が診察の時にその患者はお陰様ですっかり元気になったと感謝の気持ちを伝えてくれました。良かったですねと私も一緒に喜びました。
大学病院での詳しい検査の結果、心筋梗塞ではなかったようで結局は原因不明でした。
最後に
かなり理解し難いこの病気を、具体的なケースで皆さんにお話しました。それでも理解し難かったかも知れませんが。この病気の雰囲気は掴めたと思います。
★参考情報:徐脈の解説
徐脈の不整脈
この様な患者が当院では数年に一人くらい見つかります。完全房室ブロックや洞不全症候群などの非常に遅い脈で、症状はただの疲れやすさだけしかないのが普通です。患者が脈を測る習慣がなければ脈の遅さには全く気付きません。
もう一つ重要な症状は気を失うこと(失神)です。突然意識がなくなって倒れますが、しばらくで意識は戻ります。意識が戻った後に特別な問題が無ければ患者さんもそのままで放置して病院には行かないこともあります。
意識消失の発作を何度も繰り返してから初めて病院受診になる人もいれば、一度の意識消失だけで、屋根から転落して大けがをしたり死亡する人、運転中に意識消失を起こし信号待ちの前の車に激突し他人も巻き込んで自分も死亡する人までいます。突然に失神しますので放置すれば非常に危険な病気です。
根本的な治療は人工心臓ペースメーカーの植え込みです。このペースメーカーが心臓を強制的に速く動かしてくれます。通常はこの機械の監視のおかげで一分間に60以下の拍動にはなりません。この治療は安全で、かつ効果も確実で、その後は普通の日常生活を送ることが出来ます。
非常に遅い脈(徐脈)になる心臓の病気
・洞不全症候群
・完全房室ブロック
・他
治療
非常に遅い脈の治療は、原則的には薬でなくペースメーカーの植え込みとなります。
「異常な疲れやすさ」の原因が心臓病か否か、心臓病なら軽いか重いかを含めその判断は重要です。
もし心臓病であれば危険な不整脈の可能性もあります。「異常な疲れやすさ」と「異常に遅い脈」に「突然意識を失ったこと(失神)もある」が揃えば、出来るだけ早く病院を受診し調べることをお勧めします。
★参考情報:脈拍の測り方
1. 正常な脈拍数とは?
健康な大人の脈拍数とは、静かに安静にしていれば大体50~79回/分くらいです。激しく運動すれば150回/分くらいまで速く動くでしょう。加齢とともに遅くなっていくのが普通です。
激しいスポーツを長年やってきた人なら、安静時に40回/分くらいかも知れません。しかしそれでほぼ正常です。そんな激しい運動はしない普通の生活なら、50回/分以下はすこし遅いと言えます。
安静で脈拍数が80回/分以上(80< 脈拍数 <100)や50回/分以下(脈拍数 <50)であっても、それだけで心臓の病気だとは言えません。しかしそれが長い期間続くなら一度は病院を受診し調べた方が良いでしょう。
いつも100回/分以上(100< 脈拍数)や45回/分以下(脈拍数 <45)が続くなら、病気の可能性が高くなります。病院を受診して下さい。
2. 脈拍数の正しい測り方
脈拍数は環境の条件や精神状態で、血圧と同じように極めて敏感に反応し変化します。そのため脈拍数を測定する時は、あくまで安静時が基本となります。脈拍と血圧は、安静時に測る習慣をつけましょう。
自分で脈を測るのは、やってみると分かりますが、意外に難しいものです。そこで皆さんには家庭用血圧計を使って脈拍を測るのをお勧めします。家庭用血圧計は血圧表示の後に脈拍数も表示しますので簡単に分かります。大変便利な機械です。
まず静かに座った姿勢で最低5分間以上待ちます。この時に誰かと話したり、テレビを見たり、本を読んだりはしないこと。心を穏やかに静かに座っています。
この後に腕で血圧を測れば、血圧表示後に腕の脈拍数も表示されます。測定中は動いたり興奮したりしないことです。その時、たばこも吸わないで下さい。測定中は、測定器の表示を眺めないことです。出来れば目を閉じて下さい。
そして、速い脈と遅い脈では・・
速い脈と遅い脈の五部作
脈が異常になる種類は?:
◆379 脈の異常:速い、遅い、飛ぶ、抜ける、止まる、弱い、強い
脈が80以上ならどんな病気がある?:
◆141 頻脈?:安静で脈80台以上、長く続く時は病気が潜む?
脈が100前後なら心臓の病気か?:
◆283 脈が100前後、速くて気になる どんな病気?
脈が異常に遅く、すごく疲れるのは?:
◆303 動くとひどく疲れる、脈が遅い。これはどんな病気? ー脈の遅い心不全ー
めまいや気を失って、脈が遅いと危険か?:
◆314 心臓病や低血圧でおきる「危険なめまい」とは?
心臓病の究極予防:
◆369 心臓を健康にする ー心臓病・心不全の超予防ー