画像:不思議の国のアリス
些細な体調不良からパニックへ
「見せかけの高血圧」という高血圧患者の考え方をお話ししています。今日はその3回目です。
何かの体の変調を不安に感じ何気なく血圧を測ったらかなり高い値が出てしまいました。高い血圧という新たな不安が加わって、測る度にどんどん血圧が上昇し遂にパニックになってしまう。こんな「見せかけの高血圧」の例を話します。
高血圧パニックの具体例
50歳代女性、高血圧を治療中
当院で高血圧を治療中の女性です。血圧を毎日朝晩二回キッチリと測り続けています。血圧は大変安定しており、朝晩とも110~ 120mmHg前後でした。診察室でも同じような血圧です。
ある日の午前中、少し体調の異常を感じました。血圧はどうかと思い測ってみました。いつもより少し高くて150mmHg位ありました。気になったので30分後に再度測定すると今度は160mmHgに上昇していました。
体調はそれほど変化ないのですが、不安になってその後は30分毎に繰り返して測定しました。すると測る度に10mmHg程度ずつ上昇し続け遂に200mmHgを超えてしまいました。ここまで上がってきますとさすがに不安が非常に強くなり、夕方の受け付け終了直前になって当院に駆け込んできました。
高血圧パニックの症状
高い血圧に特徴の、強い頭痛、全身のだるさ、疲労感、強い肩こりなどが表れていました。ドキドキと心臓は非常に速く打ち、手指がしびれ、小刻みに震え、息苦しく、呼吸も少し荒くなっていました。表情は不安そうで額や手の掌は汗がしっとりです。
お話しながら状況を詳しく聞き今の状況が軽い体調変化をきっかけにした高血圧不安のパニック状態であることを説明しました。
最初に測らず診察の最後になってようやく患者の左腕で私が直接血圧を測定しました。170mmHg程度まで下がっていました。もし診察の最初に測っていば非常に高い値がでて患者はますます不安となったでしょう。血圧測定は意図的に診察の最後にしたのです。
高血圧パニックの治療
ここでパニック症状に効果のある即効性の抗不安剤を意味を十分説明してから一錠飲んでもらいました。この段階で患者は少し安心しておりパニックから解放されつつあります。
薬を内服してしばらく待合室で座って気持ちを落ち着けてもらいます。30分後に看護師が再度測定した時には130mmHgまで下がっていました。頭痛、全身のだるさ、肩こり、頻脈、指のしびれ等は全てほぼ消えていました。これで問題は解決です。
高血圧パニックの予防
こんな患者は高血圧パニックが今後も繰り返し起きる可能性があります。パニックの時に飲む薬の数回分を持ち帰ってもらいます。常時この薬を財布に入れておき、もし同じようなことが起こった場合、何時どこであってもその薬を一錠飲めばパニックは短時間で治るでしょう。
この薬をいつも持ち歩いていれば、この薬が「お守り」の役割を果たしてくれます。「この薬があるからもしもの時でも大丈夫!」と安心して、パニックが起こり難くなる効果があるようです。
それでも高血圧パニック予防に不十分なら、パニック予防に効果のある薬を毎日内服すると非常によく効くでしょう。
高血圧パニック:治療の方針
この様なパニック状態で重症高血圧になった患者の治療では、程度にもよりますが私は血圧を下げる降圧薬は原則使いません。パニックになっている患者が強力ではない普通の降圧薬を飲んでも、あまり降圧効果が無いことが経験的に分かっています。
もし臨時の降圧薬が非常に強い薬(緊急の重症高血圧ではそんな薬が選択される場合が多いでしょう)であれば、しばらくして不安が落ち着くと、その強力な作用のため今度は血圧が下り過ぎてしまい一時的ではありますが体調が悪くなることもあり得ます。
従って、この様な高血圧パニック状態に陥った緊急重症高血圧症であれば、私は原則的に抗不安薬のみしか使いません。患者とよく話して状況を詳しく説明し、抗不安薬を飲んでもらい、強い緊張と不安を取り去ります。そうすれば多くの患者は比較的短時間で正常血圧に戻ります。
抗不安薬を一錠飲んでから、落ち着いた状態になるまで30分~60分程度しかかかりません。その時間をじっと待てばほとんどの患者は通常血圧近くまで戻っていました。
自動調節機構を利用
高血圧パニックに陥った患者の緊張と不安を医師の丁寧な病態説明と抗不安薬で取り除いてあげれば、異常な緊張状態から通常平静状態にまで自分の体に備わった自律調節機構でゆっくりと戻っていくでしょう。伴って血圧も正常に戻っていくでしょう。
緊張状態を解除せずに強力な降圧薬を使って短時間で血圧を強引に大きく下げると、体の持つ自律調節機構を降圧薬で狂わせるか破壊してしまうでしょう。自己調節機構のバランスが崩れたアンコントロール状態に誘導してしまう可能性があると思います。これは人体にとって却って危険かも知れません。
私はこの様な考えで高血圧パニックを治療してきましたが、血圧が十分に下がるまで待っている時間は私自身もかなりの緊張を強いられます。好運にも問題をおこしたケースに一度も遭遇しませんでした。しかし血圧があまりに高い場合は降圧薬を一切使わない訳にはいかないでしょう。