馬が支える村の生活
馬が支える人々
一頭の馬が食料を満載した荷車を引いて家々に毎日休みなく食料を運んでいきます。家々ではその食料を荷車から受け取り、代わりに家庭のゴミや汚物をその荷車に載せて回収してもらいます。このようにして人々は毎日を平穏に生活してきました。
馬は休めません。もし休めば家々の食料が底をつき飢えに苦しむことになるからです。ゴミや汚物の回収が滞れば家々にはゴミ汚物が溢れるようになるでしょう。
村の人々の生活はこの一頭の馬に大きく依存しながら成り立っているのです。
馬が年老いた
この馬が年老いてしまいました。休めませんからどんなに辛くても毎日仕事を続けなければなりません。休んだ方が体力を回復できることは分っていますが、休めませんので疲れたり病気になっても仕事を続けます。
辛い仕事です。休まずに仕事をするのは村ではこの馬だけです。この仕事の過酷さは誰もが知っていることです。
村は困った事態に
老馬が運ぶ荷物は若い時と同じは無理で半分も運べなくなりました。運ぶ速度も遅くなりました。坂道を登る時には疲れがひどくハーハーと息が切れます。
運べる量が少なく家庭に届く時間も遅れがちになりました。家庭は食料の半分程度しか受け取れず、ゴミや汚物も半分しか持ち帰ってくれなくなりました。
馬が衰弱し生活は一変
飢餓と汚物で危険な村に
家庭では慢性的な食料不足に陥りました。少ない食料で何とかやりくりしてきましたが、これ以上食料が少なくなれば餓死者がでる家庭も予想されるまでに悪化しました。
ゴミや汚物の回収も半分以下になったので家の中はゴミや汚物が山積みされ悪臭であふれ極めて不潔な生活環境に激変しました。
食料は少なくゴミと汚物に埋もれたまま餓死する人々が増えると予想される状況になってしまいました。
代わりはいない
一頭の馬が年老いて衰えたことから、村全体の人々の生活や生命が危機的状況にまで脅かされてしまいました。
代わる馬はいません。人々は自分で食料を作ることもゴミや汚物を処分することもできません。この村から別の町に引っ越すこともできません。
この弱った老馬をどうやって長持ちさせるか緊急の課題です。もし馬が倒れればこの村は全滅します。まさに絶体絶命になったと言っていいでしょう。
絶体絶命
弱った馬(心臓)に代わる馬はいません。別の村(他人の体)に引っ越しはできません。家々(臓器)と人々(細胞)の生活と生命はすべてこの馬にかかっています。
老馬の体力を回復させるために急いで手当が必要です。
この村は「人の体」の象徴で、村の絶体絶命の状況がまさに「心不全」という病態を象徴しています。
心不全の予防は?
心不全の五部作
心不全の初期症状:
◆325 心不全の初期症状:ありふれて、間違えやすく、治りにくい
心不全の治療:
◆125 心不全の治療 その原則は心臓をいたわることです
心不全の予防:
◆025 心不全の予防 水は毒! 水分制限が一番
心不全とは?:
◆266 心不全とは? たとえ話でやさしく説明
深夜の心臓発作:
◆268 心臓発作 夜中なら不安と恐怖 ー解説と対処法ー
心臓病の究極予防:
◆369 心臓を健康にする ー心臓病・心不全の超予防ー
心不全コラムの特集:
特集:心不全 症状・治療・予防
*追加の解説
各臓器の障害程度と種類は変化する
老いた馬のために町のすべての家庭が食糧不足の飢餓とゴミや汚物だらけの不潔な環境になってしまった話から、心臓が衰えると体全体にはどのような危機が引き起こされるか具体的なイメージが想像できたと思います。
この様な心臓の病気から引き起こされた全身の危機的な異常状況を「心不全」という一言で表します。
心臓の病気で全身の血液循環が障害された結果、どれだけ全身の血液の流量が減少したか、どれだけの時間を血液還流が停止したか、その程度によって各臓器への影響は異なります。その程度と種類は心不全の重さによっても変化していきます。
症状は障害臓器の組み合わせで変わる
臓器の障害程度や障害臓器の種類によって症状や心不全の重症度は変わります。
早期に分かりやすい影響が出る臓器は肺です。心不全で肺の機能が低下するため患者が自覚しやすい初期の症状は運動すると疲れやすく息が苦しくなることです。
それ以外の早期症状は、脚の筋力低下で歩くと脚が疲れる、血液循環能力の低下から脚のむくみ、腎臓機能の低下では尿量の減少や全身の倦怠感、胃や腸の消化器系機能低下では食欲が落ちるなどです。
心不全で最も重大な影響を受けるのは脳です。脳細胞はもし血液循環が止まれば5~10秒でその活動は停止します。たった5秒間程度の血流還流停止でさえ脳は機能停止となり意識がなくなります。
しかし最も重要な脳への血液循環だけは最後の最後まで保たれますから、心不全で意識が低下する事は最後の最後まで目立った形では現れてこないでしょう。
体内の各臓器の役割はそれぞれ違いますから、心臓の不調(心不全)による血液循環障害の全身への影響は各臓器毎の障害の程度によって症状の組み合わせは多彩です。
心不全の悪化進行と平行して症状が多彩に変化していくのは、心不全で各臓器の障害程度が重くなるからだけでなく、障害される各臓器の種類が次々と変化していくことも関係します。
急性心不全、慢性心不全
わかりやすい一例として、急におこった重症心不全(例えば心筋梗塞での重症な急性心不全)であれば、全臓器の機能障害がほぼ同時に一斉に現れます。例え話の村なら全家庭が一斉に大規模な被害に遭うことです。急激に非常に重篤な心不全の病態となります。
いきなりの全身倦怠感、顔面蒼白、冷や汗、手足の冷感、吐き気、意識低下、呼吸困難、尿量減少、血圧低下、脈拍増大などです。まさに突発した生命の緊急事態です。
一方ゆっくりと時間をかけて進行する比較的穏やかな心不全(慢性心不全)の場合は、それほど激しい症状にはなりません。まず最初には運動や作業時の疲労感や息切れ、下肢の疲れやむくみ等から気づくでしょう。その症状は限定した臓器障害(例え話の村なら被害は一部の家庭のみ)の影響にとどまります。
しかしこれを治療せず放置すれば心不全が悪化進行し、障害された臓器は程度も種類や数も多くなり次第に症状は重く多彩になっていくでしょう。村なら被害家庭の数が徐々に増加することです。心臓の衰弱に比例して病状が重く多様になります。少し詳しい解説は次のコラムでしました。
心臓病の症状と治療■06 疲れやすい(心不全)
心不全に興味を持ったら
このコラムでは医学知識が全くない人に心不全をやさしく理解できるように例え話を創作してそれをモデルにしながら心不全を解説しました。
このお話から心不全に興味を持ってもっと詳しく知りたくなれば、ネットには心不全を解説した多くの優れた記事がありますのでそこを読むと理解が更に進むでしょう。
*創作後記
心不全の解説がなぜ難しいか
心不全とは「ある心臓の病気から引きおこされた全身の病的な悪い状態をひっくるめて一言で表した名称」です。
「期外収縮」や「狭心症」などのように病気の仕組みが単純ではなく原因が心臓にあるとはいえ、それに関連する範囲が全身に及びかつすべてが複雑に絡み合っている病態なのです。これが心不全の簡単な解説を非常に難しくしている理由です。
書けなかった背景
これまで心臓病関係の一般向けコラムをたくさん書いてきたのに心不全が専門の臨床医でありながら「心不全とは?」というテーマでは書きませんでした。一般の皆さんに簡単に解説するにはあまりに難しいテーマだからでした。
どのように書けば皆さんに心不全を理解してもらえるか自信が無くて書けなかったのが本音です。
心不全は私たち医師にとっても難解な病態です。心不全について一般向けの解説はいろいろな切り口でたくさんの関係者が書いています。非常に専門的で詳しく解説したものから、絵や説明の図を多用して理解しやすいようにしたものまであります。
難解なこの心不全を医学の基礎知識の無い一般の人に分かりやすく解説するのは極めて難しい仕事です。
私自身も心不全については大学で一研究者として、また研究を離れてからはその病気を治療する一臨床医として長く関わってきました。しかし心不全はどれだけ勉強し経験してもこれで分かったという終わりがない病気だと思います。
「専門なのになぜ書かないのですか?」
最近ある人から「先生は心不全が専門なのに心不全とはどんな病気なのか説明してないですね?」と言われてしまいました。これまで心不全の症状や治療の考え方については書きましたが「心不全とは?」については書いてきませんでした。
今回は思い切ってこの難題「心不全とはどんな病気?」について一般の皆さんに分かりやすく、他の関係者の切り口とは違ったアプローチで取り組んでみようと思いました。このテーマは一番最初に書くべきだったのかも知れません。
割り切って、独断と偏見で創作
心不全を理解する上でこんな前座の簡単な解説でさえ皆さんにとってはまだ分かり難いと映るかも知れません。
これまでの私のコラムと同様にこのコラムも私流に大胆に割り切って分かりやすい説明を心がけました。そのため私の独断と偏見が多数あることをご了解ください。
2017.03.27