患者さんの背景:80歳代の元気な女性
17年間、高血圧と軽い糖尿病で当クリニックに通院している元気な80歳代女性です。
薬は当院から処方されたものだけを定期的に内服しています。月に一度一人で来院し、診察を受け検査して帰ります。検査データは軽い糖尿病の値がありますが、太めである以外にはあまり問題のない方です。
長年商店勤めを続けてきました。現在も元気に仕事をしています。数年前に御主人に先立たれ現在は一人暮らしをしています。息子さんは同じ町に住み、毎朝仕事前に必ず母親の家に寄ってから職場に向かうそうです。親孝行な息子さんです。お嫁さんも時々訪れて何かと世話しているそうです。
病気の発症と経過
ある朝起きて食事の支度をし仏壇にお供えを用意しようとした時、突然足に力が入らなくなりその場にしゃがみこんでしまいました。はって自分のベッドまで行きましたが、そこに転がってしまいました。
そこへ息子さんが訪れてきて、倒れている母親を見てベッドに抱え上げました。どうしても足に力が入らないのを見た息子さんが救急車を呼ぼうとしたので、その方は「皆に恥ずかしい、大丈夫だから呼ばなくてもいい」と呼ぶのを制したそうです。しかし息子さんは心配して救急車を呼びました。
入院した病院での検査と治療
救急車で近くの総合病院に運ばれて医師の診察と一通りの検査を受けました。心電図や血液検査の結果などを総合して、医師は狭心症で緊急性が高い状態と判断し、そのまま大学病院の心臓専門の科に連絡を取って患者さんを転送しました。受け入れた大学病院では緊急の心臓カテーテル検査をしましたが特別な異常はなく、最終的にこの病態は血液中のカリウム(K)が低いことによって起こったものと診断しました。
入院して治療でカリウムは徐々に正常化していき、それに伴って足の脱力感も回復しました。数日間の入院ですっかり元気になって大学病院を退院し、私のクリニックの外来に戻ってきました。大学病院で担当した主治医から詳細な紹介状を持っきましたので、詳しい病気の経緯を知ることが出来ました。
この病気になった原因
それほど強いカリウムの低下がなぜ起こったのでしょうか。大学病院の主治医は、患者さん自身が長く飲んでいた市販薬のアレルギー薬のためであると説明しました。その薬の中に含まれるグリチルリチン(甘草)によって引き起こされた低カリウム血症であると判断しています。漢方薬の成分の一つであるグリチルリチン(甘草)による低カリウム血症は良く知られた副作用です。それ以外にも原因不明の因子があった可能性はあると思いますが、主因はやはりグリチルリチン(甘草)だろうと判断しました。
患者さんがその薬を長期に飲んでいたわけ
この件が起こった後で患者さんに事情を確認したところ、実はこの患者さんは数年前に顔の額が赤いのを気にして近くの薬局に相談に行きました。その薬局の薬剤師さんはお店のお客さんでした。額の赤いのを話すと、そのアレルギーの薬を勧めてくれたそうです。
それから数年間ずっとその薬を飲み続けていました。月に薬を一瓶ほど飲んでいたようです。本来飲む量のほぼ半分を飲み続けていたことになります。また飲んだり飲まなかったりしていたようです。
当院でのカリウム検査値
患者さんはそのような薬を毎日飲んでいることは主治医の私には話していません。恐らくビタミン剤を飲むくらいに軽く考えていたのだと思います。
当院での定期的な検査結果でも、カリウムの値は時々低下することはありましたが、次回の検査では元の値近くに戻っており、その経過中のデータを観察していた私も異常の変化に気付きませんでした。血清カリウムとはそのようなレンジ内で変動することはそれほど珍しくないからでした。
血液のカリウムのこのような変動を明らかな異常と判断出来ませんでしたが、それは患者さんが幸いにも薬を真面目にきちんと飲んでいなかったのが理由だと推測します。
しかし問題が起こった日の1~2ヶ月くらい前から、何かの理由で患者さんはその薬を真面目にキチンと飲み続けたと思われます。その結果が極端な低カリウム血症を引き起こしてしまったと予想します。
漢方薬や市販薬も、少ないが副作用はある
この様に普通に市販さていれる普通のアレルギー薬でも、使われ方と使っている人の年齢、体質や体調などの幾つかの条件の組み合わせ次第では、このように重大な副作用が発現してしまうことがあります。
市販薬も漢方薬も医療用の薬(医療機関で出す薬)も、薬とは本来すべて同じように副作用があるものです。この方は市販のアレルギー薬で起こった珍しいケースかもしれませんが、市販薬とは副作用がなく全く安全だという先入観を持たない方がよいでしょう。
安全と思われる市販薬であっても長期にわたり継続して内服しないよう、出来れば短期間で切り上げる習慣にしたほうがよいと思います。
漢方薬の甘草(カンゾウ)とその根
写真は製薬会社(株)ツムラから拝借しました。
今回の原因になったと思われる市販薬の詳細情報
アレルギー用薬
■効能・効果
・皮膚のかゆみ、湿疹、じんましん、皮膚炎、かぶれ
・鼻炎
■特 長
・抗ヒスタミン剤が皮膚のかゆみ、湿疹にすぐれた効果を発揮します。
・花粉等が原因となる鼻炎の鼻水、鼻づまりを緩和します。
・皮膚や粘膜の健康に必要なビタミンB6を配合しています。
■成分・分量・作用
・クロルフェニラミンマレイン酸塩 13.5mg :抗ヒスタミン作用により、かゆみや炎症を抑えます
・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6) 22.5mg :皮膚や粘膜の健康に必要なビタミンで、皮膚炎、かゆみに用います
・グリチルリチン酸カリウム 180mg :甘草の成分で、炎症を抑えます
・グルコン酸カルシウム水和物 1350mg :じんましん、湿疹の症状を鎮めます
■包装単位:110錠
■メーカー希望小売価格 1,300円(1,404円)