■ はじめに
心筋細胞ミオシンフィラメント上でATPのエネルギーを消費して回転する活性連結橋(cycling of active cross-bridge)の機械特性が心臓収縮の機械特性を決定するであろうというのが心臓生理学の中心概念の一つです。しかしこの概念に基づく理論で心臓収縮の機械特性を統一的に説明できたものはありません。著者らは連結橋を活性化(activation of cross-bridge)するCa2+とトロポニンCとの化学反応特性が心臓収縮の機械特性を決定するという基本仮説を立て,それに基づき心臓収縮の新しい理論を構築しました。この理論体系を心臓の活性化理論(activation theory of the heart)と呼ぶことにしました。
以前私は心臓の力学的特徴を心筋標本の力学特性や心筋細胞内での蛋白,酵素,分子等の働きと関連づけて体系的に理解しようと勉強を始めました。しかし多くの本を読めば読むほどますます深い迷路に陥りかえって混乱してしまいました。その時,心臓の収縮機構を統一的に分かり易く理論的に簡潔に解説した本があれば良いのにと残念に思いました。それ以来,心臓の機械的・エネルギー的収縮特性を心筋細胞の分子レベルの基本的知識から一元的に理解する方法を探し続けて,ようやく粗削りではありますがここに一本の細い道筋を作ることが出来ました。
心臓の活性化理論の適合性と潜在的予測能力の優越性は,これまでの他の研究には見られないものであることを報告しました。そして我々の実験的,臨床的研究からこの理論の基本仮説と幾つかの予測は適切で妥当であることも分かりました。しかし,ここではこれらの多くの予測はまだすべて仮説として扱っています。活性化理論は心臓収縮に関する広範な問題を理論的に処理できる潜在能力を持っていますが,残念ながら様々な制約から現段階では実証的検討がなされたのはまだ少数に過ぎません。将来これらの多くの仮説が検証されれば,この理論の評価が定まるでしょう。
この小論文では心臓の活性化理論に関するこれまでのささやかな研究成果を1日で読み終わる程度の分量に総括し,近年論議の多い慢性心不全の治療についてこの活性化理論から新たに考察を加えてみました。御批判が頂ければ幸いです。心臓収縮の新しい理論的視点が少しでもお役に立てれば望外の喜びです。
1995年1月
竹田 幸一
栃木壬生の研究室にて